小泉源一「勝手桜」『植物分類・地理』第1巻3号 1932月9月20日 258頁:

雑録

勝手桜

小泉源一


大和吉野の勝手神社の境内に勝手桜(Prunus sacra MIYOSHI in Tok. Bot. Mag.
XXXIV. 1920. p. 168. fig. 4)唯一株のみあり、此桜の来歴は明にして吉野の大工職林兵太郎が吉野の竹林院の奥庭のヒガンザクラ(天人桜)の老木の附近にありし桜の幼苗一本を此勝手神社の境内に植ゑしが此勝手桜なり、林兵太郎は後吉野を去り五六年前に六十七、八歳にて死去せり。

勝手桜の花は優美にして吉野にては中晩咲の方なり、花は中大にてほんのりとさくら色を呈し、萼亦中大にして萼筒は毛少きも往々ヒガンザクラのものゝ如く壷状を呈す、萼片亦外面に少毛あり、花梗は中大にして密毛あり共同花梗なく花時苞鱗は残留す、花柱は有毛なり、花時葉をあらはさず。

葉は頗る山桜の葉に似たるも葉柄は幼時一般に毛多く葉身下面脈腋に毛あるのみならず下面脈上にも毛を生ずるにあり、成葉となれば毛は主として葉柄にのみ少しく残れリ。

果実は毎年未熟中に全部落下して一も止めず、此桜は前期の如く竹林院の庭に自然に生ぜし一の特種桜なるが決して果実成熟せず、一般の特徴はヒガンザクラとヤマザクラの性質を兼有す、両者の間品ならんか。

※原文の旧字体は新字体に改めました。仮名遣いは原文のままです。